鴨のブログ@愛

おじさんの私的でステキな愛のブログ@妄想系

おじさんの妄想(エロいの)をメインに日々の出来事を綴っていきます。たまにレビューなども。

看板娘

 近所にあったガソリンスタンドが潰れました。土地は浚われ平地となり今では駐車場として使われています。
 近くのバイク屋も潰れました。今の時代に新車のバイクはほとんど売れないと聞きます。バイク屋の主人は主に修理などで生計を立てていたようですが、それだけで自分と2名の従業員を食わせてくことには無理があったのでしょう。
 他には「花屋」だったり「理髪店」だったり「整体院」だったり、そんな小さなお店が近所から無くなっていきました。
 大手企業でさえ倒産する時代です。個人経営の小売り店舗の厳しさは想像に難くありません。販売品目が限定される専門店では尚更のことでしょう。

 

 それでも、活気のある商店街は未だに存在しています。
 近所にある国道沿いの一角。アーケードの中に一歩足を踏み入れたなら身を包むのはノスタルジー。昭和の頃から何も変わらぬ風景。この商店街には今ではほとんど見かけなくなった「八百屋」「肉屋」「魚屋」「漬物屋」「金物屋」「駄菓子屋」などの専門店が所狭しと軒を連ねます。
 八百屋のご夫婦はいつもしわがれた大声を張り上げて「これぞ八百屋」といった活気をアーケード内にまき散らします。無愛想だけど質が良くて安い肉屋、活きの良い魚を毎日数本しか並べない魚屋、自家製の漬け物を売るおばちゃんはいつもニコニコしているし、金物屋の老主人は生きてるのか死んでるのか分からないほど微動だにせずテレビばかりを見ていて、駄菓子屋の90歳近い婆さんは下町の悪ガキどもの狡猾な指先に今日も厳しい目を光らせる。子供の頃に見た町の光景。ここにはそれがそのままの形で存在しています。
 そんな商店街の国道側の端っこに一軒の果物屋があります。こちらも他と違わず家族経営で一族の男女5人ほどで営業しているようです。おじさんやおばさんがバナナを叩き売る側にはいつも30代ぐらいの可愛らしい娘さんの姿があります。三つ編みにした髪を二つに下げ、それをふくよかな肩に乗せて、明るい笑顔で厳重に包装された葡萄の箱を並べる彼女。果物屋の美代ちゃんは絵に描いたような看板娘です。美代ちゃんは今日も笑顔で店頭に立っています。

 

 今は「変化を求められる時代」なのだそうです。確かにそうなのでしょう。その意味は私も痛感しています。でも一方で「いつまでも変わらないもの」があってもいいのではないでしょうか。変わるもの、変わらないもの。そのどちらも私には素晴らしいものに思えます。自然体で、あるがままを受け入れ、そこにあるものをただ見つめる。時代の進むべき方向や、個人の価値観、ひとの抱く想い。その是非を誰かが決めることなかれや。

 

 私がこの町に移り住み10年が経ちました。町のこと、家のこと、自分のこと。私を取り巻く色々なことが変化していきました。仕事だってそれこそ昔のようにはいきません。それでもなお私はスーツを着て革靴を履き車のドアを開いて今朝も決まった時間に家を出て行きます。
 いつもの信号を抜けて国道に出ると、車窓からは山盛りに積まれた赤い林檎と美代ちゃんの横顔が見えました。美代ちゃんだって、10年前は今より10歳若かった。
『結婚はしているのかしら、子供はいるのかしら、彼女は今幸せなのかしら』
 彼女にとっての10年とは一体どんなものだったのか。私はそんな他人の月日に思いを巡らせます。
 外には台風一過の果てしない晴天が広がっています。私は車の窓を開けました。
 秋の朝日に揺られた爽やかな風が、私の頬を優しく撫でます。

『いつか高級な桃を、あの高くて手の出なかった桃を美代ちゃんから買おう』

 そんな私の決心などはつゆ知らず、相応の年月を刻んだであろう果物屋の看板娘は、今日も変わらぬ笑顔で店頭に立ち続けています。

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