鴨のブログ@愛

おじさんの私的でステキな愛のブログ@妄想系

おじさんの妄想(エロいの)をメインに日々の出来事を綴っていきます。たまにレビューなども。

価値観の合わない人との付き合い方

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普段はあまりニュースなど見ないので世の中の動きがよく分からない私ですどうも。本日、購読しているブログを読んでいたら上記のニュースについて言及している記事が目に入りました。(10/12付け、はてなブログでブックマークが100以上付いている記事ですので探せば見つかると思います)
この事件についてなんだか色々考えさせられたので私の思うところをあれやこれやと書いてみたいと思います。

この事件を一言で言えば「迷惑行為をするDQNにその行動を注意したら逆恨みされて車の走行を妨害された挙げ句交通事故に遭い善良なご夫婦が無くなった(それも、子供を二人残して)」というものです。被害者のご夫婦も45歳と39歳という若さ。正直言って相当に胸糞が悪い事件です。件のブログの方は『こういう人(DQN)とは関わらないのが正解なのか?』と自問されています。つまり「誰かの間違った(迷惑な)行いを見かけたとき、個人としてそれを正面から正すべきか、もしくは自分の身の安全の為に見て見ぬ振りをするか」といった問題です。正義の観点からすれば「正す」べきなのでしょう。しかし実際問題としてこの手のDQNの行いをわざわざ注意したら自分の身に危険が降りかかる可能性が高いのです。このようないわゆるDQNと揶揄されるような人は確かにいます。そういう人にはいくら正しいことを言っても聞く耳を持ってくれないのだろうし、恐らくは会話も成立しないだろうと思います。それでも正すべきなのか。

DQNとそうでない人とでは、人としての価値観が違うのだと思います。悪い言葉ですが「気違いに刃物」という例えがあります。辞書では”非常に危険であることの例え”と説明されています。この世界には恐い物がたくさんありますが、その一つに「未知の存在」があります。気違いも「何をするか分からない」と言う意味で恐いわけです(既知外という当て字は言い得て妙ですね)。お化けやらなんやらの超常現象的な未知の事象も恐いのですが、もう一つ「価値観の違う相手」というのも言わば未知の存在であって、恐いものの一つだと思います。考えていることが分からない相手ってちょっと恐くないですか?

人間、普通に生きているだけでそういった「自分には理解できない人」と遭遇します。理解できないような人の中には先述のようなDQNや気違いもいるでしょうし、ただ単に自分と価値観が違うだけの人もいます。一言で「理解できない」と言っても程度の差はあって、その程度によってその相手に恐怖を感じたり、または別に何も思わなかったりします。例えば私は、(具体的には言いませんが)性的に特殊な嗜好を持った人に恐怖を感じる事があります。SM程度なら(理解は出来ずとも)個人的にはなんとも思いません。スカ○ロまで行くと完全に私の理解を超えますが、まあ恐怖までは感じません。恐いのは、人間としてのモラルを越えた、実際に被害者を出さざるを得ないような嗜好(犯罪)です。そういう人には理解だとか価値観だとか、そんな言葉の領域を越えて「人間としての構造が決定的に違う」と感じ恐怖を禁じ得ません。

価値観は十人十色、人それぞれです。自分と価値観の合う相手なんて実際にはほとんど出会えません。いたら本当にラッキー、二人は親友になれます。でも通常は異なった価値観を持った人同士で会社や組織を作ったり、家庭を持ったり、なんやかんや一緒に何かをしなければなりません。

ここまでごちゃごちゃと書いてきましたが、今日私が考えていたのは「価値観の違う者同士、どうやったら上手く付き合っていけるのか」といった事です。書きたかったのはそんな割と普通によくある問題です、すみません。というわけで理解できない度合いごとに私が思ったこと(というか普段思っていること)を書いていきます。まず極端に価値観が違って恐怖を感じる程度に理解できない相手の場合は、これはもう絶対に関わらない事が最良の選択枝です。例え目の前で犯罪行為(違法なクスリやってるとか、そういう直接的な被害者が出ない様なもの)を見つけても放っておきましょう。被害者が出そうな犯罪行為の場合は自らの身の安全を確保した上で警察など即通報しましょう。私からすればDQNはこのカテゴリに入ります、とても恐いです。続いて自分には到底理解できない程度の趣味を持った相手ですが、犯罪行為をしなさそうであれば放っておきましょう。もしその人と仕事上の付き合いがあれば必要な事だけ事務的に伝えればオーケーです。それ以上のプライベートな部分にはお互いに踏み込まないようにしましょう。最後に、割と価値観が合う相手との関係ですが、普通に友達になりましょう。以上です。私本当に普通の事しか言ってませんね。

ともあれ、人と人ですから「合う」「合わない」は必ずあります。でも、合わない人とは合わないままでいいのです。決して無理に相手に合わせようとしてはいけません、無駄に疲れて自分が辛いだけですし、何よりもそれは結果として自らの魅力を削ることになります。そうは言っても合わない人にも一定の理解を示すことは大切だと思います。たまに、自分の価値観に合わない相手に出くわしたときなど頭ごなしに「スカ○ロとかマジであり得ねぇ!キモイ!変態!死ね」とかその人の趣味や価値観を蔑むどころかわざわざ貶める行為までする人っていますけどね、本当はそんなこと言ったりする必要はなくて「この人はそういう趣味の人なのだなぁ。私には全く理解できないけど」程度にただ受け止めておけばいいのだと私は思います。そして受け止めたらその後は放置して下さい。それでお互いオーケーです。愛です。

誰かを理解できなくても「そういう人もいるのだな」とそう受け止めるだけで、いろいろな事が楽になるような、そんな気がします。理解できない相手に対する否定や攻撃は本人にとってもあまりメリットもないような気がしますし、何よりも楽しくないでしょう。迷惑行為をするDQNに対し見て見ぬ振りをするなんて、それは自分にとって気持ちのいい事ではありませんし、処世術と言われればその通りでしょう。でも理不尽なことを受け入れるのもまた人生だと思っています。私はまだ中年と呼ばれる程度の年齢ですが、この世界は白黒ハッキリなどしておらず、逆に何もかもがグレーであると、そのような人生訓を得ています。「全てはバランス」という言葉はこの世の真理だと思います。

 

というわけで内容もちぐはぐでまとまりもなく割と普通っぽい事しか書いてないものですからこの記事を上げるのは私としては憚られたのですが、でもまあそこは泡沫ブログの良いところ、こんなネットの片隅にある記事なんてどうせ誰にも読まれないので日記代わりだと思ってこのまま上げてみます。それにもし私と価値観の違う人が読んでくれて万が一にも何かのヒントになってくれたらいいな、などという事をちょっと思いました。ちょっとだけです。私は昔から自分の思っていることを外に出すとロクなことがないのを知っていますので、もしどなたかに読んで頂いたとしてもできれば無反応でいて頂けると安心です。どうかこのページはこのままそっ閉じして下さい。

では最後に「DQNになりたい歌」を貼って終わります。
(曲は1分24秒位から始まります)

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