鴨のブログ@愛

おじさんの私的でステキな愛のブログ@妄想系

おじさんの妄想(エロいの)をメインに日々の出来事を綴っていきます。たまにレビューなども。

蜘蛛の糸

我が家には小さな蜘蛛が数匹住んでいて、色々なところに巣を張っています。

あるときは白い壁紙の上に、あるときはカーテンに、そして夜中にはテーブルの上と、家中の至るところを飛び回って活動しているようです。

換気扇の下でタバコを吸っていてふと視線を上げると、そこにも蜘蛛の巣がありました。しかしそれは巣と言えるようなものではなく、ただ一本の糸が換気扇の箱形のフードの角を対角線上に繋いでいるだけでした。それはほこりまみれで、換気扇の吸い込む風に揺られていました。

家に住み着くこの”小さな蜘蛛”の名前を調べてみました。正式名称は『アダンソンハエトリ』と言うのだそうです。俗に『家グモ』と呼ばれるのだとか。

家に住み着く蜘蛛と言えばアシダカグモが有名です。人の住まう空間に存在するのがとても不自然で出会ったら恐怖すら感じるほどのサイズですが、しかしこいつは"G(同じく家の中には絶対にいて欲しくない黒いあいつ)”を捕獲してくれる益虫です。人々からは敬意を込めて「アシダカ軍曹」などと呼ばれています。

アダンソンハエトリの場合、名前の通り家の中に沸く小バエを捕獲してくれます。ぴょんと飛んで獲物を瞬時に捕獲するのだとか。ゆえに、正確に言えば巣は張らないのだそうです。巣を張ってじっと待つなんて、俊敏な彼らにはその必要もないのでしょう。

はじめの頃はいくら小さいとはいえ家の中に蜘蛛がいるなんて嫌だなと思っていました。蜘蛛を見つける度にそれを手で掬い窓から外に逃がしていました。それでも、どこからかまた別の蜘蛛が家の中に入り込んでくるのです。そしてそれをまた外に逃がす。そんな事を繰り返していくうちに、私の中になぜだかこの蜘蛛に一種の愛着のようなものが生まれてきました。まあ彼らも生きているのだし害もない。そのまま放っておいてやろう。

蜘蛛がいるから外に出して下さい、なんて言われても、あれは私の友達なんです、そのまま放っておいてあげて下さい、そこにいるという事はきっと何らかの仕事をしているんでしょう、私達の気が付かない間にハエを捕まえて食べているのかも知れない、だからそのままにしておきましょう。そう言って蜘蛛を自由にさせてあげます。

そして気付いたときには、家の中での蜘蛛は居住空間に存在する異物ではなく、自然とそこにある景色のようになっていました。

天井に蜘蛛が二匹いますね。そうですね。名前はきっとクモジィとクモミ。どこかで聞いたような名前ですね、それ。

そんな家の中で、蜘蛛たちはさぞ安心して暮らしていることでしょう。

かの極悪人は、一匹の蜘蛛を救い、一本の糸に救われ、自らに裏切られた。それならば優しい人は、何を救い、何に救われ、そして自らに訪れるであろう結末に何を思うのか。

換気扇のフードに付いた蜘蛛の糸の、その一端にタバコの火を当てて切りました。吸い込まれていく煙と似たような線を描いて糸が揺れます。ほこりを伴ったそれは、キラキラなどしていない。極楽にある蓮池では、たった一本の蜘蛛の糸なんて、きっとなんてことないただの景色。換気扇のフードに張ったほこりだらけの一本の糸も、現世に生きる私からすれば同じようなもの。それに救われたいなどとは思わない。欲しいのは、他の誰かを救う美しい糸。

以前、紅葉が綺麗な日本庭園に散歩に出かけたことを思い出しました。そこには立派な蓮池があります。蓮池に住み着いたザリガニは外来種として捕獲され、しかるべき方法で処理されるのだそうです。

前にあの池のザリガニを捕りましたね。ええ、でもあのザリガニだって何かの役に立っているのかも知れませんよ。そうなのかしら。ええ、きっとそうでしょう。それならいいのだけど。今度またあの庭園に行きませんか、近頃は気候もいいですから。

タバコの火を消し、改めてダイニングテーブルに座ります。皿に乗った柿。グラスに入った麦茶。糸を必要とする誰か。

先ほどまで天井に張り付いていた小さな蜘蛛は、すでに私の視界からいなくなっていました。きっと別の獲物を探しどこかへと去ったのでしょう。ただの一糸も残さずに。お前には私の糸は必要ないのだ。そう言わんばかりに。

犍陀多よりは、御釈迦様だな。え、なんですか。いや、なんでもありません、さあ柿を食べましょう。

熟れきった柿は、この世のものとは思えないほどの甘味で私の口内を満たした。

 

しかし極楽の蓮池の蓮は、少しもそんな事には頓着とんじゃく致しません。その玉のような白い花は、御釈迦様の御足おみあしのまわりに、ゆらゆらうてなを動かして、そのまん中にある金色のずいからは、何とも云えないい匂が、絶間たえまなくあたりへあふれて居ります。極楽ももうひるに近くなったのでございましょう。

芥川龍之介 - 蜘蛛の糸

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