キジログ@愛

鴨宮☆隆がその半生を綴るブログ

【読書感想文】『わたしを離さないで』カズオ・イシグロ著

夏の間は主に読書をしていました。といってもここ数日だけですがね( ´_ゝ`)

さて今回は、近所の小さな図書館で借りてきた小説

『わたしを離さないで』(カズオ・イシグロ著)

の読書感想文です。

私は著者のカズオ・イシグロについては、彼がノーベル賞を取ってニュースになるまで知りませんでした。ええ、私なんてその程度の文学おじさんですよ。ですので感想も非常に浅いものになると思います。

なお本文ではネタバレはありますが、物語の核心部分はぼかします。(※なお著者的には「仕掛け部分」の事前のネタバレはOKらしいです)

 

この作品は、個人的にはとても心に残る名作です。

私なんぞにネタをバラされるのが嫌な方は買うなり借りるなりして先に読んでからどうぞ。 

 

 

著者について

私にとってカズオ・イシグロの作品を読むのは今作が初めてです。ノーベル賞作家である事は知っていたので、図書館で見かけた時に軽い気持ちで借りてみました。

イシグロ氏は5歳まで日本で育ちその後英国へ渡ったイギリス人作家です。

大変有名な作家らしく、ノーベル賞受賞以前にも英国最高の文学賞「ブッカー賞」なども受賞しているみたいです。すごい作家なのですね。(小並感)

個人的にはこの作品がかなり良かったので他の作品も読んでみたくなりました。 

f:id:gibraltar_may_tumble:20180821182749j:plain【画像出展】:カズオ・イシグロ - Wikipedia

 

 

本作のあらすじ(※ネタバレあり)

ではここから本作の内容に触れていきます。

文庫の裏にある紹介文を見るとすでに「介護人」とか「提供者」だの意味不明な文言が出てきて意味が分かりません。

本作は文体としては主人公であるキャシーさんによる独白で構成されているのですが、読み進めていっても序盤は設定部分がぼかされていて何言ってんだか良く分かりません。読者は物語の背景にある前提が何なのかよく分からないまま彼女の幼年期の回想を聞かされます。

しかし読み進めていくと登場人物の会話などから次第に謎が明らかにされていきます。これまでに出てきた様々な用語から読者はいろいろな想像をこそするのですが、決定的な言葉が出てくると「あっ、ぁあ・・・」となんとも言えない気持ちになります。

 

↓↓↓ではその部分をガッツリ♡ネタバレしていきますね↓↓↓

 

 

 

 

決定的な言葉というのは「臓器提供」というものです。この言葉が生徒達自らの口によってさも当然のように発せられます。

実は、回想に出てくる親友のルース(女)とトミー(男)も含め、キャシー自身も臓器提供のために人工的に作られたクローン人間だったのです。

・・・というのがこのお話の中で最も衝撃的な(ミステリ的な意味での)ネタバレ部分です、はい。そういう意味ではSF作品でもあります。

しかしこのネタバレ部分は本作の主題では決してありません。これは言うなればただの設定です。だからこそカズオ・イシグロもこの部分に関しては「ネタバレOK」と言ったのでしょう。

 

奇妙な学校生活

キャシー達は「ヘールシャム」という施設で育てられます。ここには「保護官」と呼ばれる教師のような存在がいて、生徒達に様々な教育を施していきます。教室や体育館があったり、この施設はどこにでもある学校のような場所です。

生徒達はなぜか「芸術」を特に重視した教育を受けるわけですが、彼らの制作した芸術作品の中でも特に優れた作品は、定期的に施設を訪れる「マダム」と呼ばれる人物によって何処かへ引き上げられていきます。

それらの優秀な作品は「展示館」と呼ばれる場所に運ばれるのだ、そしてそれは大変名誉なことなのだ、という噂が生徒達の間で広がります。しかしマダムの行動も展示館の意義も、生徒達には本当の事は決して知らされません。

生徒達は幼少期から「自らが誰かのクローンである事」「(性交は可能だが)生殖機能を持たないこと」「いずれ他人に臓器を提供し若くして死ぬこと」を当然の事実として教え込まれます。しかし「ある重要なこと」については生徒達には最後まで知らされることはありませんでした。

 

運命と違和感

キャシーの回想では、生徒達は恋愛をしたり、イジメがあったり、お互いに意地の悪い事を言ったり、嘘をついたり、夢を見たり、先生に怒られるのを恐れたり、そんな普通の学校生活を送っています。

ただ普通の子供たちと違うのは、生徒達は自らが臓器提供を経て死んでいく事、その事実を疑問を持たず素直に受け入れている点です。彼らは幼少期から(もしくは試験管の中にいるときから)そのような教育を受けてきているのです。そしてそれは、この世界では決して動かない公然の事実として淡々と描かれていきます。

私としては、若い内に死ぬことが分かっているのにこんなにも自然に過ごせるものなのかが分かりません。恐らく生徒達は強烈な洗脳状態に置かれていたのでしょう。彼らには生まれたときから人権など存在しません。ただの道具ですから。彼らを作り出した人間の意識としては「なんでもあり」なのでしょう。

 

儚い夢

物語は全般を通してキャシーと仲間達の非常に感情的で人間くさい描写で溢れています。まさに青春と言うに相応しい人間模様です。読者としては「え?この子達この後マジで臓器提供して死ぬの?え?マジで?(語彙)」といった感想を抱きます。つまり感情移入してしまうわけです。

物語の中盤以降になると「ある”一定の条件”を満たせば"提供"を猶予して貰える」との噂が仲間達の間で飛び交うようになります。仲間達はそんな真偽の定まらない噂に目を輝かせます。もしかしたら数年間だけでも幸せに暮らせるかも知れない。そんなささやかで儚い夢を抱きます。

ここで悲しいのが、彼らの夢があくまでも生存期間の「猶予」だということです。物語に出てくるクローン達は最終的には臓器提供をして死ぬことを全面的に受け入れています。「死なずに済む方法」などは誰の頭に全く存在しません。この姿勢は作中、クローンだろうが普通の人間だろうが、どの人物の間にも共通の空気としてずっと貫かれていきます。それはやはりこの世界では決して動かせない社会の決定事項なのでしょう。

 

人間の傲慢

噂をききつけたキャシーは親友を連れて某所を尋ねます。ここではクローン人間達の待遇改善を目指して社会的な活動していた人達がいました。

ここでキャシーは幼少期からずっと謎だった「展示館」や「マダム」の真実を知ります。それは彼ら(臓器提供を受ける人間側)の、活動の道具として使われていたのでした。また、例の「猶予」の噂は全くのデタラメであることが、そこにいた人物によって明確に否定されます。

で、このシーンの描写での個人的な感想なのですけど、その人物達はクローンであるキャシー達のために活動していた(現在は挫折している)のですけど、私にはそれが物凄く傲慢に思えたのです。

キャシー達の質問には丁寧に答えて「全てはあなた方のために行ったことです」などと言うのですが、その人物はどうでもいいような個人的な用件を優先してキャシー達との話をあっさりと切り上げます。さぁ用件が済んだら自分たちの場所に戻って与えられた使命を全うしなさい。そんな風に、まるで道具を道具箱にしまうように、興奮した飼い犬を諭すように、そう言うのです。

その「人権活動家」達ですらはじめからキャシー達を一人の人間としては見ていなかったのです。「クローン達のために行なった活動」はあくまでも自らの欲求を満たすためだけに存在し、それは冷徹な人間達のエゴでしかありません。

 

人権と自由

物語が進むにつれ、当然のように使命を全うするクローンの数が増えていきます。ヘールシャム(施設)時代、あるいはそれ以降の青春を共に過ごした仲間達が、今日もまたどこかの病院で使命を終えた、そんな話が流れてきます。

大切な人をも失います。しかしキャシーはそれらに全く動じません。なぜならそれは彼女にとって当然の事であるし、いずれ自分もそうなる事を知っているからです。自分は人間ではなく臓器提供のために生み出された道具なのです。「猶予」が無いと知った今、望む物などもう何もありません。あとはただ与えられた使命を全うするだけです。

 

物語後半からラストまで読むと、命とは何なのか、人権とは、自由とは何なのか、そういった事を否応なしに考えさせられます。

この物語はある一面で「人権と自由」の問題を描いています。

クローンであるキャシー達は、ある重要な事実を最後まで伏せられたまま成長させられてきました。それは「人間は生まれながらにして自由を持つ」という真実です。すなわち、人間が生きる自由意思とその権利です。

物語中で突如ヘールシャムを退職する保護官が描写されますが、彼女が保護官という仕事をする上でずっと悩み続け、そして結果として退職する理由となったのは「誰もが産まれながらに自由を持つという真実を生徒達に伝えるべきか否か」だったのではないでしょうか。

クローンに人権が無いことはこの物語における社会では疑いようのない決定的な事実です。しかし読者は物語を読み進めるうち、彼らの”人間以上に人間的な生活”を知れば知るほどに、「何かがおかしい」と思わざるを得なくなるのです。臓器提供の為人工的に作られたクローン。しかしそれは、どう見ても感情を持った人間そのものなのですから。

 

ラストシーンでキャシーはひとつの禁を犯します。

それは彼女にとっては大きな禁だったのかも知れません。

でもそれは・・・人間であれば・・・・・・

 

 

 

読了後も数日間は心に残り続ける、心を揺り動かされる名作です。

皆様も是非ご一読を!

 

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映画化もされているようです。

【出典】https://www.amazon.co.jp/わたしを離さないで-字幕版-Andrew-Garfield/dp/B00IHWG4MQ